チームのやる気を奪う『水平比較』とますます伸びる『垂直比較』の違いは?

チームのやる気を奪う『水平比較』とますます伸びる『垂直比較』の違いは? リーダーの言葉の力

 

リーダーとして、チームメンバーや仲間を指導する時に、全く関係のない人と比較して注意、指導している人が多いようです。

誰だって他の人と比べられるといい気分はしませんし、やる気を奪われるどころかそのリーダーの言葉に全く耳を貸さなくなるほど信頼関係の崩壊を招きます。

 

立場の弱いチームメンバーや仲間に対して、どのように指導することでその人のポテンシャルを発揮することができるか。

リーダーとしてのスキルが問われる場面です。

 

今日は、やる気を奪う『水平比較』とますます伸びる『垂直比較』の違いと使い分け方についてお話したいと思います。

 

しつけと抑圧を混同する父親というリーダー

あるパパが、父親とは「こういうものだ」と威厳をもって小さな男の子に接していたそうです。

自分がこだわる「男のあるべき姿」を我が子にも求めて、お手本になるべく姿勢を整え、理想的な言葉を使って、厳しくしつけや教育をしていました。

 

「あれはだめだ」

「これもだめだ」

「男として人前では絶対に涙をみせるな!」

 

だだをこねるようなことは、絶対に許さない雰囲気に、男の子は父に気に入られようと一生懸命、背筋を伸ばして生活していました。

 

ある日、親戚の結婚式に家族で招待され、出かけました。

 

父の正装が完璧であることは言うまでもありませんが、男の子もブレザーに蝶ネクタイ、ピカピカに磨かれた黒い革靴で父と母の間を歩みながら、お行儀よく式に参列しました。

もちろん、他のどの子供たちよりも、凛とした姿勢で、快活な挨拶をして、誰からも「なんて良い子なんでしょう!」と褒められました。

 

式の中では、リングボーイ(結婚指輪を運び花婿に渡す役割り)を完璧な作法でこなして、参列者から喝采を浴びました。

 

帰途についたときには、すっかり日も落ち、男の子は疲れ切っていました。

車の中で熟睡した我が子に、父はとても満足していましたが、そっとその肩に手をのせた瞬間でした。

 

なんと男の子は、寝たまま叫んだのです。

「ごめんなさい、お父さん!」

 

父親はハッとしました。

立派な人間になって欲しいと思って厳しく接したことで、自分は愛情ではなく恐怖ばかりを与えていたのではないかと。

似たような話が、ビジネス書として世界的ロングセラー『人を動かす』デール・カーネギー著の中に「父は忘れる」と題して紹介されています。

 

リヴィングストン・ガーネット氏の手紙は、小さな坊やに向けて書かれています。

要約すると、

 

「私は、お前にとても厳しく接していた。些細なことも叱り、小言を言い、うるさく躾をしていた。ある朝「いってらっしゃい!」と言われたときも「胸を張りなさい!」と言った。ある夜、書斎で新聞を読んでいると、お前は恐る恐る部屋に入ってきた。「何の用だ!」とどなると、何も言わず、駆け寄ってきて両手を首に巻きつけて、おやすみのキスをした。両腕には愛情がこもっていた。どんなに蔑ろにしても枯れない愛情だ。」

 

この後、父親は持っていた新聞を思わず落としてしまいます。

「自分は、いったいなんということをしていたのだろう!」

 

父親は、子供の中にある、善良で立派な真実の愛情を受け取っていなかったことに気づいたのです。

 

独りよがりの水平比較

東京大学名誉教授でハーバード大でベストティーチャーに選ばれ続けた柳沢幸雄氏は、『自信は「この瞬間」に生まれる』の中で、お母さんが3歳なるまでの子供をとても良く褒める理由を述べられています。

それは「お母さんの側に自分が3歳になるまでの記憶がないから」だそうです。

 

我が子を自分の幼いころの自分と比較して「私だってあの頃、〇〇できたのに、どうしてこの子はできないの!」とカリカリせずに、何をしても無条件に褒めることができるのは、その「比較」をする記憶がないからなのだそうです。

 

我が子の年齢が、自分の記憶にある幼い頃に達すると、ついつい「比較」が始まってしまいます。

「どうしてそんなこともできないの?」

「なんでこんなことも分からないの?」

 

といった否定質問の裏側には、「私は、あなたの歳には…」の思い入れがある自分の大事な過去(それは時には美化された思い出)と比較して目の前の我が子を非難してしまうのだそうです。

 

その過去の自分との比較がきっかけで心配になった親は、周りとの比較を始めます。

「あの子はできるのに、なぜうちの子だけできないの?」

特に母親は娘に、父親は息子に対してこの比較傾向が強く厳しいのは、過去の自分と同じ成長プロセスをたどるに違いないという思い込みがあるからだと、前出の柳沢先生は指摘しています。

 

子供とっては、迷惑な話ですよね。

 

ますます伸びる!垂直比較

生きている環境も、時代も、さらに厳密にいえば、DNAだってそれぞれの両親から半分ずつもらっているわけですから、全く同じではありません。

柳沢先生は、「比べたくなる気持ちをグッと抑えて具体的に褒めるのがコツ。具体的に褒めることが見つからない時は、垂直比較をしてみましょう。」と書かれています。

 

「垂直比較」とは、身長が上に向かって伸びることから作られた言葉だそうです。

 

小さな子供の身長は一年前と比べれば成長しているはず。

一年あれば、おしゃべりでも、遊びでも、体力でも、そして勉強でも、成長した点が必ずみつかります。

 

その小さな変化に関心を寄せることが、「存在承認」であり、子供は愛情として受け止めます。

本人の時間軸上の成長を「垂直比較」して、その内容によって「認める」「褒める」を使い分けることで、子供は「ちゃんと見てくれる人がいる」と感じ、嬉しくなり、もっと成長したいと思うのです。

 

自己肯定感を育むには、他人との比較「水平認識」ではなく、本人の中の成長を認識する「垂直比較」をしながら、「好きで得意」を伸ばすことが大切です。

 

一時期、比較や競争を一概にだめだとする風潮がありましたが、比較にも成長を阻害する悪玉比較と、やる気を引き出す善玉比較があるようです。

ちゃんとお作法を覚えたときも、ご挨拶ができるようになったときも、できなかったことができるようになったときも、その変化のタイミングを知っているのは、身近にいるその子のドリームサポーターだけなのですから。

 

 

コメント

タイトルとURLをコピーしました