誰かのために生きるということを決めた2人の物語

誰かのために生きるということを決めた2人の物語 リーダーの言葉の力

 

誰かのために走る。谷口浩美選手の仲間への想い

「陸上競技は個人競技。だから孤独な自分自身との戦い」

多くの方は、そう思われていると思います。
しかし、実際に良い成績を残されたアスリートは、決して孤独な戦いをしているわけではないのです。

 

1988年、ソウル・オリンピックの代表選考会をかねた、福岡国際マラソン。

駅伝の名門、旭化成のランナーたちは、誰が走っても代表選手になるだけの力を持っていました。

1位から3位までの代表枠を旭化成の軍団が独占するのではないかとの噂にも、
疑問を持つ者は誰もいませんでしたし、

優勝候補と期待されていた谷口浩美選手も、最高の仕上がりで絶好調でした。

 

しかし、計算できなかったのは、その日の気温。

雲行きは見る見るうちに怪しくなり、気温は下がり、ついに雨を通り越して、電(ひょう)まで降り始めました。

暖かい宮崎県の延岡を本拠地に練習をしている旭化成軍団にとって大きな誤算です。

谷口選手も、その天候のなか、苦しみました。
筋肉はこわばり、足が思うように前に出ません。

寒さに対して、心も身体も準備できていなかったのです。

結果は4位。

旭化成からの代表選手なし。
完敗でした。

ショックではありましたが、誰も責められないと、そのときは思ったそうです。

しかし、本当の衝撃は、何日も経ってからでした。

追跡取材をしていたテレビ局が作ったドキュメンタリー番組が放映され、
そこに映し出された自分の姿を観た谷口選手に戦慄が走ります。

そこには、映像に映し出された宗兄弟の姿がありました。

実際に走った誰よりも、スタッフとして裏方に徹していた宗兄弟が一番悲しそうな顔をしていたのを見た瞬間でした。

「なんてこと、してしまったんだ。。。」

そのとき、事の重大さに気付きました。

これまで自分たちとともに苦しみ、時には指導者として、時には兄貴として、
いつも側にいてくれた一番大事な人たちに、こんな思いをさせてしまった。

「二人に笑顔を取り戻すことができるのは、俺だけだ」

そこから、谷口選手の本当の戦いが始まったのです。

 

3年後、東京で開催された陸上の世界選手権。
谷口選手は綿密な計画と周到な準備、そして心身ともに鍛えて競技に臨み、見事に金メダルを獲得しました。

彼は初めて本気で誰かのために走りました。

「これまで支えてくれた旭化成の社長、陸上部の部長、靴を作ってくれたメーカーの三村さん、そして監督とコーチに感謝します」

彼は心から感謝の気持ちを込めてそう語りました。

走る前からイメージしていた通りに。

 

何のために走るのか?

誰のために走るのか?

陸上競技のような個人競技にこそ、チームワークが重要であり、
スタッフがお互いに信頼し、感謝し合えるからこそ、競技でも良い結果が出せるのです。

支えてくれるスタッフがいるからこそ、最後まで執念を燃やし続けることができるのです。

スポーツでも、ビジネスでも、人生もすべて同じです。

尊敬する仲間、愛する人がいてこそ今の自分があり、
その人たちのために役に立ちたいという思いが目標を達成させる原動力になるのです。

 

成功の法則は実にシンプルなのです。

誰かのために頑張る、ただそれだけです。

今日も一日、誰かのために頑張ってみましょう!

 

誰のために生きるのか?難病ALS患者さんとの出会い

皆さんはALSという病気をご存知でしょうか?

筋萎縮性側索硬化症(Amyotrophic lateral sclerosis /略称:ALS)は、
重篤な筋肉の萎縮と筋力低下をきたす神経変性疾患で、運動ニューロン病の一種です。

極めて進行が速く、人工呼吸器の装着による延命は可能なものの、
約半数ほどの人は発症後3年から5年で呼吸筋麻痺により死亡すると言われています。

効果的な治療法はまだ確立されていません。

2015年の夏にマイクロソフトのビル・ゲイツさんや、
ソフトバンクの孫正義さんが、「氷水をかぶるか? 寄付をするか?」

のキャンペーン(アイスバケツ・チャレンジ)を、
ALSの新薬開発のために行ったことで今では認知度が高まっていますが、
当時の私はこの病気について全く知識がなく、インターネットで調べて、

「こんな病気があるのか」と驚きました。

一般社団法人日本ALS協会のサイトによると

「ALS(筋委縮性側索硬化症)は、
身体を動かすための神経系(運動ニューロン)が変性する病気です。

変性というのは、神経細胞あるいは神経細胞から出てくる神経線維が徐々に壊れていってしまう状態を言い、
そうすると神経の命令が伝わらなくなって筋肉がだんだん縮み、力がなくなります。

しかもALSは進行性の病気で、今のところ原因が分かっていないため、
有効な治療法がほとんどない予後不良の疾患と考えられています」

と解説されています。

元メジャーリーガーのルー・ゲーリックさんが罹患されたことで、米国ではルー・ゲーリック病とも呼ばれています。
2018年に亡くなった世界的に有名な理論物理学者のスティーブン・ホーキンズ博士もALSでした。

調べていくと約半数のALS患者さんは、3年で全身の随意筋が動かなくなるとも書かれていました。

そんな難病ALSの患者さんとペップトークを通して運命的な出会いがありました。

 

人は自身の使命を自覚したときには、死をも恐れない強い生命力を手に入れることができます。

自分自身の寿命を賭してでも、やり遂げなければならない使命に目覚めたときに、
周りを圧倒するほどのパワーを発揮するのです。

「私の人生は、岩崎さんとの出会いから変わりました」

不治の病に侵されたあだちせつこさんは、明るく語りかけてくれました。

「難病だと分かってからALSと確定するまでの1年の間に、
岩崎先生のセミナーを受けられたからこそ、私は今生きています。

難病と分かったときは、離婚して一人になって自分の命を終わらせて…そう思っていましたから」

と、はつらつとした生命力にあふれる輝く笑顔で語られます。

「ALSだと分かってから、新たに仲間と一緒に新しい事業を2つ立ち上げました。
ひとつは放課後デイサービス(障害児のための学童保育)、そして小規模保育園です。

どちらも、私たちが営利を目的として立ち上げたのではなく、
地域ニーズと行政に後押しされたものでした。

最初は、いつ自分がALSで仕事ができなくなるかが不安で、
新規事業の立ち上げという責任が果たせるか…自問自答の日々でしたが、

『自分の目の前に与えられた課題は、試されているということ』

と、捉えられるようになってからは、『課題が生きがい』となりました。

『役割を持つ」ことが、不治の病には一番の薬とも言えます。

そして、家族がALSの私が仕事をすることを認めてくれたことが、一番の私の後押しになっています」

不治の病に罹ったあだちせつこさんが、障害児のための学童保育で
毎日、朝9時からタ方まで杖を突きながら働いています。

 

目の前の「事実をどう受けとめるか」を考える「捉え方変換」の実習があります。

捉え方を変えるときの障壁になるのは、いつも「不安」や「恐れ」「あきらめ」です。

 

あだちせつこさんは、この実践を通して

「このまま痛みが取れなければどうしよう」
「歩けなくなったらどうしよう」
「ALSの末路は全く動けなくなるから、もう自分はダメだ」

そんな自分と向き合う作業が、毎日毎日繰り返されます。
それだけ私は弱い人間だと思っています。

だからこそ、そんな弱い自分を守るために、自分自身に声をかけます。

『今の自分は歩けなくなっても生きる価値がある』
『今の自分だからこそ、できることがある』
『できないことを素直に人に頼める自分がいる』

何度も繰り返し、捉え方を前向きに変えることで、不思議と目の前の障壁がなくなります。

と、確信を持って語ってくれました。

 

あだちせつこさんには自分を励ます力があります。

死をも恐れない使命に生きる力を、自分自身に与えることができるのです。

 

「鳥取県でペップトークの講演をして下さい。どうしても聴いてほしい人がいるんです。
彼女のために行ってもらえますか?」

講師仲間から、そんな連絡をもらったのは3年前のある日でした。

事情を聴くと、彼のセミナーにALSの診断を受けた女性が参加していたとのこと。

彼女に岩崎の本気の講演を聴いてほしいとのことでした。

そのとき、私はALSのことを全く知りませんでした。

2015年2月のある日、米子からは車で1時間ほどかかる倉吉の講演会場に、
あだちせつこさんは駆けつけて下さいました。

薬の副作用で肌が荒れていることを照れながら、笑顔でこうおっしゃいました。

「岩崎さん、私にはやらなきゃいけないことが、たくさんあるんです。

困っている子どもたちを助けるために何ができるか考えていると、
自分の病気のことを考える暇もないんです!」

「岩崎さん、私は自分が病気になったのには訳があると思えるようになりました。
神様からのミッションです」

「『できないこと』を『○○だからこそできる』」と。

こう捉え方を変えると、ALSの私だからできることがあると解釈できて、
目の前の事象を受け入れられます。

そうなると、自分の目の前で起きることが『有り難く』なりました。
やはり、当たり前のことなんて、この世の中にないのですね」

あだちせつこさんが仲間とともに立ち上げた
「NPO法人えがおサポート」の施設「子育て情報ステーション
「こどもえがお楽園CHUCHU』」(http://egaosupportchu.jp/)は、
耐震強度などの関係から建て替えの資金繰りで大変なことになっているそうです。

「また新たな課題とやり甲斐が出てきました。生き甲斐が私を支えてくれるんです」

笑顔で語るあだちせつこさんの目は、優しく輝いていました。

 

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