ネルソン・マンデラの生涯を描いた映画インビクタスの名言からリーダーを学ぶ

ネルソン・マンデラの生涯を描いた映画インビクタスの名言からリーダーを学ぶ リーダーの言葉の力

 

2013年12月5日世界中に悲しいお知らせが流れました。

第11代南アフリカ共和国大統領ネルソン・マンデラ氏の訃報です。

 

追悼式には、世界中の政治家や国賓クラスの著名人が駆けつけました。

日本からは、皇太子徳仁親王、イギリスからはチャールズ皇太子とキャメロン首相、アメリカ合衆国よりバラク・オバマ元大統領及びビル・クリントン氏やジミー・カーター元大統領、ブラジルのジルマ・ルセフ首相、キューバのラウル・カストロ首相など各国の国家元首もしくはそれに準ずる人物が出席しました。

今日はネルソン・マンデラ氏の激動の生涯を振り返った映画『インビクタス』を元に、彼が残した名言やスピーチからあるべきリーダー像を学んでいきたいと思います。

 

ネルソン・マンデラ氏の激動の生涯を振り返る

マンデラ氏は1918年、南アフリカ連邦の東ケープ州東部にあるトランスカイ村の首長の子として、この世に生を受けました。

 

マンデラ氏は恵まれた環境というアドバンテージを生かして、名門のフォートヘア大学で法律を学びます。

しかし、そこでストライキを扇動したとして大学から退学処分を言い渡されます。

 

その後は別の大学でしっかり法律を修めた後、当時から黒人差別に強く反対していたマンデラ氏は、1944年の大学在学中にANC(アフリカ民族会議)に入党し、黒人差別に反対する反アパルトヘイト運動に取り組みます。

マンデラ氏の『非白人』解放運動はここから始まったと言えます。

 

1952年には自身で弁護士事務所を開業し、1961年にはANC副議長にもなり『民族の槍』という組織を作り自ら司令官に就任します。

しかし、これら一連の活動により1962年に国家反逆罪で逮捕されてしまいます。

 

マンデラ氏は終身刑となり、ロベン島に収監されここから27年間と言う長い囚人生活を送ることになります。

 

長い獄中生活の中で、重労働によるケガや病気に襲われましたが、勉学を続け、法学士号を取得します。

収監中には家族も弾圧や嫌がらせを受けましたが、それでも彼は活動を止めませんでした。

 

まさに、人生をかけた抵抗です。

 

1989年には当時大統領だったフレデリック・デクラークと会談が実現して、ようやく釈放されました。

この時すでに71歳でしたが、すぐにANC議長に就任して、矢継ぎ早に暫定政府と憲法を作成します。

 

その翌年にはついにアパルトヘイトが撤廃されることになり、1993年にはノーベル平和賞を受賞しました。

世界の、南アフリカの暗い歴史に光を与える功績まで、釈放からわずか4年の間の出来事です。

 

1999年には政治の世界から退き、ユネスコ親善大使に就任。

2013年12月5日、ヨハネスブルグの自宅で95年という激動の生涯の幕を下ろしました。

 

マンデラ氏はなぜ南アフリカでラグビーワールドカップを開催したのか?

そのマンデラ氏が大統領在任中の1995年に、南アフリカ共和国でラグビーのワールドカップが開催されたことをご存知でしょうか?

アパルトヘイト時代には、南アフリカ共和国の選手の国際大会への参加・出場が制限されるなど国際的な制裁を受けていた事実からすると画期的なできごとです。

 

1984年には、当時の女子5000mで世界記録を出した17歳のゾーラ・バッド選手は、ロス五輪に出場するために南アからイギリスに国籍を移しました。

それは当時、アンチ・アパルトヘイトだった世論からバッシングされ世界中で話題になったほどです。

 

1995年当時、南アのラグビーは、世界ランキングで10位には入っていたもののニュージーランドやオーストラリアなどの世界の強豪国には歯が立たない状態でした。

しかし、マンデラ氏は白人が大事にするラグビーを全身全霊、国を挙げて支援することで国が一つにまとまると考えました。

 

当時の南アでは、ラグビーと言えば白人、黒人はサッカーをするものだと人種差別の象徴のようにもなっていたそうです。

それまで国を支配していた白人の愛するラグビー、『スプリングボクス』と言うチーム名、グリーンとゴールドのチームカラーを黒人中心になった体育協会のメンバーを説き伏せて維持させ、寛容であることを求めました。

 

27年もの刑務所暮らしを耐えたマンデラ氏の言葉は、歴史を動かしました。

 

大統領官邸に呼ばれたスプリングボクスのキャプテン、フランソア・ピナール選手は、マンデラ氏から言葉を頂いたそうです。

「You are the master of your fate. You are the captain of your soul.」
(我が運命を決めるのは我なり、我が魂を制するのは我なり)

この言葉は、「インビクタス」(ウィリアム・アーネスト・ヘンリー作)という詩の一節です。

フランソア・キャプテンは、獄中でマンデラ氏が大事にしていたこの言葉の意味を考えました。

 

「たとえ肉体が、誰かによって支配され自由が奪われたとしても、自分の運命や魂は誰にも奪われない。自分自身の運命を決定づけるのは、自分自身なのだ!」

彼もまた、マンデラ氏と同じように世論に流されることなく自らの魂を信じ続け、まっすぐに信念を貫くことにしました。

 

南アが、初出場初優勝の奇跡を起こした魂の叫びだったのです。

 

「インビクタス」は、ラテン語で「征服されない」「屈服しない」を意味する語だそうです。

この言葉は、多くの人に前向きで力強いイメージを与えています。

 

ネルソン・マンデラの名言からリーダー像を学ぶ

 

成功するために大切なのは、どこから始めるのかではなく、どれだけ高く目標を定めるかである。

ネルソン・マンデラ(元南アフリカ共和国大統領)


 

指導者には、民衆を正しい方向へ導いているという自信のもとに、群れより先を行き、新たな針路を拓かなくてはならないときがある。

ネルソン・マンデラ(元南アフリカ共和国大統領)

 


 

我々が自らの内にある光を輝かせるとき、無意識のうちに他の人々を輝かせることが出来るのだ。

ネルソン・マンデラ(元南アフリカ共和国大統領)

 


 

まず何よりも、自分に正直でありなさい。
自分自身を変えなければ、社会に影響を与えることなど決してできません。

ネルソン・マンデラ(元南アフリカ共和国大統領)


 

生きるうえで最も偉大な栄光は、決して転ばないことにあるのではない。
転ぶたびに起き上がり続けることにある。

ネルソン・マンデラ(元南アフリカ共和国大統領)

 


 

自由であるというのは、単に己の鎖を脱ぎ捨てるだけではなく、他人の自由を尊重し、向上させるような生き方をすることである。

ネルソン・マンデラ(元南アフリカ共和国大統領)


 

何事も成功するまでは不可能に思えるものである。

ネルソン・マンデラ(元南アフリカ共和国大統領)


 

人格は厳しい状況のもとでこそ計られる。

ネルソン・マンデラ(元南アフリカ共和国大統領)


 

勇気とは恐怖心の欠落ではなく、それに打ち勝つところにある。
勇者とは怖れを知らない人間ではなく、怖れを克服する人間のことである。

ネルソン・マンデラ(元南アフリカ共和国大統領)


 

マンデラ氏の名言はまだまだありますが、これらの名言はすべて彼の偉大な信念、希望を実現させた精神力の源泉だと思います。

私たちリーダーも彼の精神を学び、チーム作りとビジョンの実現を目指しましょう。

 

ネルソン・マンデラ氏の生涯を描いた映画『インビクタス』はリーダー必見!

そして上記のストーリーは、クリント・イーストウッド監督によりモーガン・フリーマン氏がマンデラ大統領役、そしてマット・デイモンさんがキャプテン役を演じた名画『インビクタス/負けざる者たち』となりました。

私は、エンドロールと共に登場する故マンデラ氏の実際の映像をみながら、心からご冥福をお祈りしました。

 

そして、2020年東京五輪の前年(2019年)には、ラグビーのワールドカップが日本で開催されることを、魂を込めてここでご紹介させて頂きます。

奇跡を信じる一人として。

 

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