柔道の斉藤仁選手が貫いたリーダーのあるべき『心』とは?

柔道の斉藤仁選手が貫いたリーダーのあるべき『心』 リーダーの言葉の力

「肘は大丈夫でした!」

スポーツの世界ではどんな競技でも「心・技・体」の三要素について語られないことはあり得ません。
優れたアスリートは、間違いなくこのバランスが取れているのです。

昨今の学校スポーツやアマチュアスポーツの現場でも、以前のように「体と技を鍛える」だけのトレーニングから「メンタルの重要性」に目が向けられているのを感じます。

しかし、「心・技・体」の心とは、「メンタルトレーニング」で鍛えられる「集中力」や忍耐力」、「平常心」といった心理学的な要素だけではないと思うのです。

 

前回のエントリーでもお話したように、それは競技に対する「謙虚な姿勢」と、相手選手を敬う「謙虚な心」、スタッフや自分を支えてくれている周りの人、応援してくださっているファンに対しての「感謝の心」こそが重要であり、一流になれるアスリートとそうでない人の大きな違いはここにあります。

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今日ご紹介するアスリートは、日本一『感謝の心』を持った温かいアスリートでオリンピックで金メダルを取っただけでなく、自身も指導者としてオリンピック金メダリストを輩出して名実ともに『世界一のリーダー』になった人物です。

 

リーダーに最も必要な資質『心』を磨く

1988年のソウル・オリンピックの柔道。
最後の望みをかけた無差別級に、日本の国民が釘づけになりました。

圧倒的な強さで決勝戦まで駆け登った斎藤仁選手は、これまでにないほどのオーラを出していたのです。

それは、完全復活への執念のオーラでした。

 

決勝戦で戦った韓国の選手は、ちょうど1年前のアジア大会でケガをさせられたという因縁があったのです。
それは、肘関節の完全脱臼という大ケガでした。

柔道という種目では珍しくないケガかもしれませんが、世界の頂点を目指すレベルの選手にとっては、致命的なケガです。
斎藤選手の脳裏には、引退の二文字も浮かんだと言います。

 

外科的な処置を終え、長い固定期間も我慢し続けたのに、痛みはいっこうに消えませんでした。
体の他の部位を鍛えながらも、「この肌さえ治れば」と精神的な苦痛にも襲われます。

ロサンゼルスを最後にオリンピックの競技から引退して国民栄誉賞まで受賞した山下選手の後継者としての国民の期待も、重圧となってまともに押し寄せてきました。
ケガを克服し、トレーニングを重ねて復帰した競技で再度、世界の頂点を目指す試合。

 

「心・技・体」を磨き直して臨んだオリンピックの決勝戦です。

「一本!!!」

審判の声を聞いて立ち上がる斎藤選手の顔は、涙でくしゃくしゃになっていました。
私たちは、一人の大男の快挙に興奮しました。

 

そしてそのとき彼は、ポーンと肩を叩いたのです。
それは、不可能に近いと思われた肘の治療に携わり、切れそうになる斎藤選手の心を支えてくれた治療家への合図でした。

「観ていてくれましたか? 先生、肘は大丈夫でした!」という無言のメッセージだったのです。

 

彼は自分自身の復活をかけて治療をし、痛みに耐え、トレーニングを積み、栄光の舞台へ再度上る権利を得ました。
でも、その利は、支えてくれたすべての人たち、応援してくれるすべての人たちに捧げるためのものだったのです。

「心・技・体」の「心」とは、単に「勝つために必要な強い心」というだけの意味ではありません。
一人の人間としての崇高な「心」こそが大切なのです。

一人の競技者である前に、一人の人間として優れていなければトップに立つことはできないのです。

 

そして、競技成績は長い人生のなかでの最終目的ではなく、ひとつの過程にすぎません。
スポーツを通して人間として成長することが最大の目的なのですから。

これはスポーツの世界だけでなく、ビジネスの世界にも言える普遍的な真実です。

あなたがリーダーなら、まず「心」を磨きましょう。
あなたが経営者なら、リーダーの「心」を育てましょう。

 

言葉で築いた『信頼関係』が言葉の力を超越する

斎藤仁選手が、誠炎の治療を専門とする白石宏先生の治療を受け始めたころ、まだ痛みは強く残っていたそうです。

「どんなに痛い治療でも、治るためだったら我慢します」と言った斎藤選手の熱意に、白石先生は容赦なく最高レベルの治療を施しました。

当時の白石鍼灸治療院に通っていた他の種目の選手は、まず玄関先に並べられた大きな履物に驚き、次に恐竜の雄叫びにも聞こえる斎藤選手の悲鳴に度肝を抜かれたと言います。

 

さまざまなスポーツの選手を治療してきた白石先生は、斎藤選手ともいろいろな話をしたそうです。
それが、斎藤選手の心の治療にもつながりました。

二人の信頼関係は、日を追うごとに深まっていったのです。

 

オリンピック代表選手を決める日本選手権の場に、白石先生の姿がありました。
スポーツの現場に立つ時、白石先生は、トレーナーの顔になっています。

トレーナー白石宏が見守るなか、斎藤選手は日本の代表となりました。
しかし、その裏舞台では肘の痛みと戦う二人の姿があったのです。

 

柔道は、体重別に競技が行われます。
しかし、それは他の競技と違い、予選から決勝まで一日で一気に行われるのです。

オリンピックでは、今日は何キロ級、そして明日は何キロ級といった具合に、日別に分けられ、出場する選手は、自分の大事なXデイのために最終調整をします。
無差別級の前日、白石トレーナーは、できることをすべてやり終えて帰国しました。

 

オリンピックの会場に入った選手には、もう接触することはできません。
ひとたび第一回戦が始まると、あとは最後まで自分で戦うしかないのです。

斎藤選手は、一人で戦い抜き、金メダルを獲得しました。

 

日本柔道界、最後の砦を一人で守ったのです。

オリンピックの大舞台で、完全復活を果たしたのです。

 

「一本!」の声を聞いて立ち上がり、そして肘を叩きました。
「それは、白石トレーナーとの小さな約束を守るためだったのです。

実は、別れ際に「先生、この肘、最後までもったら、叩いて合図します」と斎藤選手が、白石トレーナーに告げたのだそうです。

そこまで、配慮できるものなのか。
興奮の大舞台のなかで、そこまで、覚えていられるものなのか。

自らの力で、オリンピックという世界の大舞台で、大きな夢をつかんだばかりの国民の英雄が、まさかそんなことを…。

 

俗人には信じられない男同士の約束。

ソウルから日本へのメッセージは、確実に届きました。

 

「肘は大丈夫でした!」

 

感謝の気持ちと優勝の報告は、リアルタイムでテレビを観ていた白石トレーナーに伝わりました。

言葉は、要らない。

 

必要なことは、すべて伝わりました。

二人だけが知る小さなしぐさで。

 

またメダルではなく、人に感動させられました。

話を聞いて、一人でまた泣きました。

 

きっと神様が見ていてくれていたんだ。

 

誰も見ていないところでの二人の努力、苦悩、そして何より、感謝の気持ちを忘れない斎藤選手の人間性。

感動をありがとう、日本のヘラクレス。

懐かしいオリンピック 斉藤仁 柔道95kg超級金メダル(ソウル五輪)

柔道家として、ひとりのアスリートとして、そして、常に先頭に立って『感謝の心』をもつ大切さを教えてくれた偉大なリーダーは、2015年1月にご逝去されました。
彼が人生を通して教えてくれた『心を磨く』大切さと素晴らしさをチームミラクルの活動を通して多くの方にお伝えしていきたいと思います。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。

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