奄美のヒーロー!バイオレーラ園田氏の『漢』らしさとリーダーシップ

奄美のヒーロー!バイオレーラ園田氏の『漢』らしさとリーダーシップ リーダーの言葉の力

 

「おとこ」を「漢」と書くときには、男性という性別を表すのではなく、勇敢さ、大胆さ、逞しさ、堅い信念など、男子たるものが持つべきとされている美徳を備えた「男前」に対して使われるそうです。

痛快な生き方をしている豪放磊落な男子に与えれる称号なのです。

 

新聞社で記者として働くクラーク・ケントが、いざという時には電話ボックスに入り、スーパーマンとなって人々を助ける姿に憧れた男の子は少なくないのではないでしょうか?

幼少期は、そんなカッコいいスーパーヒーローになりたいと本気で思ったこともあるかも知れませんね。

 

しかし、社会人となり給料をもらって働くようになると、その姿を自分に重ね合わせることは、なくなってしまうのでしょうか?

 

ちょっと現実が見えるようになってからも、男の子は、いつか社長になりたいとか、高級車に乗りたい、金持ちになりたい、ブランドを持ちたいという夢を持つかも知れません。

「いつかはクラウン!」というキャッチは、今では古い感じですが、昔は成功者となって世間に認められることを意味していました。

 

そんな夢を実現した『漢』に出会う機会に恵まれました。

 

その初めての出逢いの舞台も、2013年6月のラスベガス。

「こちらの園田明さんは、スポーツメーカーの社長さんで、あるプロバスケットボール・チームのGMさんです。」と紹介されたのです。

 

「え、あのナイキとか、アディダスとか、ミズノとか、アシックスとか…そんなスポーツメーカーさんですか?」と、驚きのあまり変な質問。

「いやいや、バスケットボール専門のアパレル・メーカーを自分で立ち上げたのです!」と園田さん。

 

「それ、更にチャンピオン、ゴールドウイン、デサントなど、競合他社が多過ぎません?」と自分。

「そうです。スポーツを通じて日本の未来を元気にする会社を立ち上げたので、俺らのブランドと言う意味で「by俺ら」=「バイ俺ら」=「バイオレーラ」を創りました。」

 

園田さんは平然とした顔で答えるのですが、スポーツ界に長くい過ぎるせいか自分には、にわかには信じられない夢のような話です。

更に「奄美大島出身なので本社は奄美、バスケットボールで人生が変わったのでバスケットボールに恩返しをしたいとバスケにこだわりました。」

 

そう語る園田さんは、生き生きとされていました。

 

「それでバスケットチームを持っておられるのですか?」と、今度はプロのGMというお話に質問を変えると、「スポンサーとして鹿児島のプロのチームに関わっているんでベンチには入ったりしていました!」とさらりと答える園田さん。

 

そのお話も、スタッフの一人としてバレーボールの実業団のベンチに24年間座っていた自分からするととんでもないお話です。

だって一度も考えたことがなかったからです。

トレーナーやマネージャーどころか、監督やコーチでもない人がチームの代表としてベンチに座るなんて!

 

2017年3月バスケットボールブランド「バイオレーラ」の運営会社であるアイズ・カンパニーの10周年記念行事が、本社のある奄美大島で行われました。

記念講演の講師としてそのイベントに参加させていただきました。

 

現在、園田さんは会社の会長、バスケットボールのプロのリーグは一つに統一されて現在はスポンサーとして三つのチームを支えているそうです。

千葉と埼玉に事務所、秋田や中国に契約工場があり、バイオレーラのユニフォームを着用しているチームは全国で32,000を超えたそうです。

 

「実は、先日、車いすバスケのイベントに関わった時に障がいのある子供たちの楽しそうな笑顔に感動し、すぐに地元の奄美に障がい者福祉施設を立ち上げました。

障がいの特徴がみられる児童・生徒を対象とした放課後等デイサービスが足りないことを知ったものですから!」と、あっという間に県の許認可を得て施設を立ち上げたのだそうです。

 

これだと思った世の中のためになることは、すぐに実現してしまう園田会長の行動力に脱帽です。

 

園田さんの最高級国産車で奄美大島をドライブすると、多くの皆様から声がかかります。

「明さん、頑張ってね!応援してますよ。」と。

 

幼少の頃、どちらかと言えば小さくていじめられっ子だった少年が、会社の社長、世界を飛び回るビジネスマン、プロチームのオーナーなどを経て、今は島の活性化、困っている人を支援する活動、そして力を与えてくれたバスケットボールへの恩返しをしています。

 

日本を元気にしたいというビジョンを掲げ、自分が愛したバスケットボールに恩返しをしたいというこだわり、信念。

子供たちの笑顔に感動して即行動に移したその行動力。

島の方たちから直接声を掛けられ応援されているというお人柄。

 

園田氏は描いた夢をどんどん実現して、リーダーというよりもまさに島のヒーローになっておられます。

 

ちょっと気になって聞いてみました。

 

「10周年と言うことですが、前職はなんだったのですか?」するとなんと「地元の新聞社で働くサラリーマンでした。」と答えられたのです。

やっぱり園田さんは奄美のスーパーマンだったのです。

 

「何かを形にするたびに幸せな笑顔に出会える、だから次に進む目標に向かえると思います!」と語る園田さんは、きっと今日もどこかで誰かを笑顔にしているのでしょう。

 

それが「漢の夢」だから。

 

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