男子三段跳び世界記録保持者ウィーリー・バンクスとの出会いと『ありがとう』

男子三段跳び世界記録保持者ウィリー・バンクスからの『ありがとう』 リーダーの言葉の力

 

私は、日本体育大学在学中からアスレティック・トレーナーを目指していました。

大学内ばかりではなく、外部で開催される大会でも、技術を磨くために、トレーニングのお手伝いやマッサージなど、アフターケアのお手伝いをさせていただいておりました。

 

ありがたいことに、日本ではアジアや世界規模での陸上競技会が開催されることも多く、海外の選手とも交流する機会を得ることができましたし、海外の選手との交流は、その後、私がアメリカに留学するために必要な英語力を磨くのにもとても役に立ちましたので、かけがえのない有意義な時間だったと思います。

 

そんななかで、最も印象に残っているのが、後に男子三段跳びの世界記録保持者になるウィーリー・バンクス選手です。

私も元々は、陸上で三段跳びをやっていたことから注目していた選手でもあるのですが、当時の世界チャンピオンであるにもかかわらず、気さくな性格で、国籍や年齢を問わず、私のような若輩の駆け出しトレーナーに対しても笑顔で接してくれる方でした。

 

そのウィーリー・パンクス選手が、どういうわけか私を気に入って下さったようで、声をかけてくれたのです。

 

私にとっての「有り難い」出来事

私にとっては手の届かないはずのスターであり、ヒーローだった訳ですから、心を込めてお手伝いをさせていただきました。

私がアメリカ東海岸にある、シラキューズ大学の大学院に留学した際も、正反対の西海岸に住む彼が、わざわざ訪ねて来てくれました。

 

1984年のロサンゼルスオリンピックのときには、私はまだ学生でしたが、アスレティック・トレーナーの見習いとして、選手村の近くで多くのアスリートのケアをさせていただいておりました。

このときにはウィーリー・バンクス選手との接触はなかったのですが、私のヒーローであり、陸上界の誰もが今回のオリンピックでも優勝間違いなしと確信するほどの選手でしたから、競技場に見に行くことはできなくても、選手村のテレビ中継で応援し続けておりました。

 

ところが、彼にとっても、周囲の人にとっても信じがたいミスにより記録は伸びず、彼のチームメイトが金メダルを獲り、ウィーリー選手は6位に終わってしまったのでした。

 

苦しみよ、ありがとう

最大限の努力をしたにもかかわらず、目の前の結果が、自分自身の立てた目標に達していなかったからといって、嘆く必要はありません。

それは、次の大いなる飛躍のためのジャンプ台に過ぎないのですから。

 

三段跳びの世界チャンピオンだったウィーリー・バンクス選手は、ロサンゼルス・オリンピックの優勝候補の筆頭と期待されていながら、周囲も驚くまさかの6位という結果に終わりました。

「引退」「行方不明」といったさまざまな憶測が流れるなか、翌1985年の全米陸上選手権で復帰。

「今後10年間、破られることのない世界記録を樹立する」と宣言して、見事に世界記録更新を果たしました。

 

ライバルの出現が自分自身に磨きをかけるキッカケになることもありますが、自分自身への屈辱が、さらなる向上への原動力になることもあります。

 

もしも、目の前の結果が自分の期待通りではなかったときに、もしも、自分で歯ぎしりをしたくなるほどの屈辱的な結果だったときに、「もっと頑張れってことですね。ありがとうございます」と思えたら、あなたはもっと成長できるのです。

自分のせいではないのに、自分の身の回りに納得がいかないことが起こったとしても、自分自身が頑張った結果に納得がいかなかったとしても、笑顔で自分自身に語りかけましょう。
「悲しみよ、こんにちは」、「苦しみよ、ありがとう」と。

 

午前2時の「ありがとう」

1985年5月、アメリカのナショナル・オリンピック・センターでアスレティック・トレーナーとしての修行を積んでいた私に、ウィーリー・バンクス選手から電話がかかってきました。

「ハッピー、来月、インディアナポリスに来てくれないか?」

「アメリカに留学したばかりのころ、周囲の人の英会話が理解できず、苦肉の策でニコニコしていたことがキッカケで、それ以降も笑顔でいることが周囲を和ませ、自分自身を励ますことにつながることから笑顔を絶やさないよう心がけていたのですが、いつのころからか皆から「ハッピー」と呼ばれるようになっていました。

 

「全米陸上選手権ですね?」

 

陸上競技を志した者でもあり、トレーナーとしてアスリートに関わる仕事をしているのですから、すぐに察しはつきます。

「ああ、そうだ。ロサンゼルス・オリンピックの雪辱を果たす」

静かに、おだやかに、しかし力強い言葉で彼は語ります。

この大会で世界記録を出す。だからハッピーに手伝ってほしいんだ」

 

まさに「青天の韓震」です。

 

私にとって神様のような人が、私を求めてくれている!

ナショナル・オリンピック・センターの医療部門の最高責任者ボブ・ビートン氏にそのことを相談すると「すぐに行ってあげなさい」と快く送り出してくれました。

 

本当に短い期間でしたが、大会での競技の日、競技の時間帯を最高のコンディションで迎えられるよう、大会前にできることはすべてやり尽くしました。

競技当日の朝、最後のウォーミングアップに立ち会うと、トレーナーの私は、それ以降は競技場に入ることはできません。

 

そこからは、選手の孤独な戦いが始まるのです。

 

私は観客席の最上段に陣取りました。

 

大観衆が見守るなか、彼はその日までの世界記録を示すマークを大きく跳び越える位置に着地。

あまりの大ジャンプに計測器では測定できず、観客が、ライバル選手が、そしてウィーリー本人が固唾を飲んで見守るなか、メジャーで測る計測員。

 

そして電光掲示板に表示されたのは、17m97cmという数字と世界新記録であることのメッセージ。

スタジアムは一気に感動のるつぼと化していました。

 

この大会にはカール・ルイスやフローレンス・ジョイナーといった有名選手も出場していましたが、この日、世界新記録を出したのはウィーリー・バンクス選手ただ一人だったために、報道関係者は一挙に集中。

大会終了後に彼は、テレビ局が用意したリムジンで、あっという間に連れ去られてしまいました。

 

当初は、競技が終わったらウィーリーと一緒にホテルに帰る予定だった私は、一人競技場に残されてしまいました。

なんとかホテルに帰りつき、シャワーを浴びて汗を流したのですが、今日一日の出来事の興奮がおさまらず、アメリカ国内にいる友人や、日本にいる関係者に電話をしまくっていました。

 

ようやく興奮がおさまり、睡魔が囁き始めた午前2時ごろ、電話が鳴りました。

ウィーリー
ハッピー? 起きてる? 俺、ウィーリー
岩崎
ああ、今ベッドに入ったとこ。興奮して寝付けなかったんだ
ウィーリー
遅くなってすまん。あの後、西海岸のテレビ局のスポーツ番組への出演もあって、ようやく今、戻ったところなんだ。ハッピー、今日は本当にありがとう

 

突然の感謝の言葉に、返答に詰まってしまった私にウィーリーは、

ウィーリー
今日という日が終わる前にどうしても伝えたかったんだ。君と一緒に戦えて本当によかった。心からお礼を言うよ。ありがとう

 

その言葉を聞いた瞬間、全く言葉にならなくなってしまいました。

 

ウィーリーはオリンピックの屈辱から精神的に立ち直り、誰にも破られることのない記録を打ち立てると心に決めてトレーニングに励み、今日それを成し遂げました。

世界中の陸上ファンが見守るなかで、多くのライバルが固唾を飲んで注目するなかで、過去の世界記録を大きく上回るジャンプをして見せたのです。

 

「我こそが世界一!」
「我こそがゴールドメダリスト!」
「我こそがチャンピオン!」

と声高々に叫んでもおかしくない人物が私に「ありがとう」と言ってくれたのです。

 

自分も押しつぶされそうなプレッシャーの中での競技を終えた直後にテレビ局や報道陣に拘束されて疲れてすぐに寝てしまいたいにもかかわらず、今日と言う日が終わる前にわざわざ感謝の気持ちを伝えてくれたウィーリー・バンクスという人も、故斉藤仁さんと同じように『感謝の人』です。

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私は何か彼の役に立ったのだろうか?

ただその歴史的な場面に居合わせたに過ぎない。

 

その歴史的瞬間に立ち会う機会を与えてくれたウィーリーに「ありがとう」と言うのは、むしろ私のほうです。

そう伝えたかったのです。

 

でも、ウィーリーの「ハッピー、ありがとう」の言葉を耳にした瞬間に、いろいろなことが頭の中を駆けめぐるものの、涙があふれて止まらず、私のウィーリーへの心からの「ありがとう」は、声になっていませんでした。

 

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